会員作品を読む
笹田かなえ
2025年4月
2025年4月1日
草いきれ自分の爪を取り戻す
鈴木雀
「草いきれ」、ムッと立ちこめる青い草の匂いに圧倒された。草いきれに触発されて、人間の本性を取りもどした一瞬か。あるいは絶体絶命の逃げ場のないところからの反撃の姿勢か。今まで隠し持っていた鋭い爪を立てる心の昂りが見える。自分を奮い立た せる「爪」という武器が儚くも美しい。
聞かせてよなが〜い廊下の話の続き
須藤しんのすけ
「なが〜い廊下の話だが 聞くか? 奈良一艘」。有名な奈良一艘さんの句をリスペクトしての句だと思う。
一艘さんは昨年の10月29日にお亡くなりになった。そうだよね、私も聞きたかった。モテまくったあの頃のこととか美味しいお料理のこととか…今も、大会に行った時など、ふと一艘さんの姿を探してしまう。
まぶしまぶし猜疑猜疑にサングラス
旅男
「猜疑猜疑」=「サイギサイギ」を、青森県の霊峰岩木山のお山参詣の際の唱文の一節と読んだ。唱文の表記は「懺悔懺悔(サイギサイギ)」で、「猜疑猜疑」を言葉遊びっぽく仕立てたところが妙味。闇バイトしかり詐欺電話しかり。煌びやかで上手い話には裏がある。ご用心、ご用心。
「ひとりが好き」桜の嘘を聞いた風
西山奈津実
「魂で咲き魂で散るさくら 橘高薫風」。桜にも心があるのだ。お花見の人ごみに疲れた桜のひとり言かもしれない。「」を使い、物語性を醸し出している。「嘘」というのが複雑だ。いじらしくもあるこじらせ桜には、風にひと肌脱いでもらって「君が一番」とささやいてもらおう。
あたらしい花器に木洩れ日を汲みにゆく
温水ふみ
詩情の溢れた句姿にウットリ。あたらしい花器はガラスであろうか。「あたらしい」のひらがな表記が透明感を表出している。季節は多分、春。「木洩れ日を汲みにゆく」というフレーズも新鮮だ。掲句、新しい季節の始まりへ一歩踏み出す、心のおののきのようにも見える。不安と恍惚の入り混じった眼差しが、健気で清々しい。
レアチーズケーキ 横顔もわたし
飛和
洋菓子系のスィーツはどこか“恋”を思わせる。イチゴのショートケーキは恋の始まり、チョコレートケーキは恋のまっただ中。そして、掲句のレアチーズケーキは恋の停滞どきかな。離れて過ごす時間が心許なくて、疑心暗鬼が募り、泣きたくても泣けなくてツンと鼻の奥が痛くなる。でもそれも恋、それもわたし。酸いも甘いも嚙み分けた大人の恋の味。
くちびるの色番号を当ててから
藤田めぐみ
口紅ではなく「くちびる」としたところが艶っぽい。口紅と言えばシャネルという時代があった。もちろん、普段使いではない。デート用のシャネルの口紅はルージュと気取ったりしたものだ。そういえば口紅返しという言葉もあった。プレゼントされた口紅をお返しする行為。掲句のアペリティフに似た甘さに、ウフフの読者。
余所行きのパンツのシワのはにかみ屋
間瀬田紋章
余所行きのパンツって、下着?それともボトムス(ズボンとも言う)?ファッション用語は難しい。とりあえず下着としておく。お洒落してど こへ行くか分からないけれど、下着も余所行きにするということはよほど気合が入っていると見える。「はにかみ屋」のシワに期待度が窺えるが、残念ながら、期待通りにはならないと思う。
両手からこぼれないよう朝の春
峯島妙
突然、「あ、今日から春だ」と思った瞬間の、朝の光の温かさ柔らかさが「朝の春」に凝縮されているような掲句に、ハッとさせられた。俳句の季語に「朝の春」は無いと思うが、充分にその効果がある。春を感じた朝の喜びが存分に表現されていて、ビタミンカラーの黄色がふんわり目の前に広がった。
信じよう 1たす1は2のはずだ
伊藤良彦
深夜、ふと目覚めて仕事に間違いがなかったか気になり、眠れなくなる時がある。ちゃんと数式通りに入力したはずだし、エラーも起きなかった。でも…と堂々巡りの煩悶が続く。「信じよう」と自分に言い聞かせて、鼓舞するしかない。「ハングリーであれ。愚か者であれ」スティーブ・ジョブズの言葉が甦る。
一瞬の君 放課後の喧騒に
菊池京
例えば17歳の頃の片思い。「君」は一つ先輩。日に一度でも顔を見ることができたら、その日はそれだけで最高に幸せ。「放課後の喧騒」がいいな。解放感と少しずつ陰っていく光景のなかに、一瞬見えた君の横顔がなんと輝いて見えたことか。別れと出会いの季節の春にふと過る断片として、あの頃の胸の高鳴りはずっとの宝物。
何人かいるだけダルい堪忍な
河野潤々
回文という言葉遊びの文芸がある。掲句、全部ひらがなにすると「なんにんかいるだけだるいかんにんな」となる。後ろから書いてみると「な忍堪いルダけだるいか人何」となり、ひらがな表記にすると「なんにんかいるだけでだるい」。上手いなあ。回文には思いがけない言葉と言葉の出会いがあって、意外と勉強になる。
ラ行からひらくくちびるスイトピー
斉尾くにこ
「ラ行」の語感と「ひらくくちびる」のひらがな表記がパッと明るくて、読むだけで春になる。「スイトピー」の花がまたいい。ヒラヒラと薄い花びらが風になびくさまは、まさに「ラ行」を発するくちびるの動きに似ている気がする。不穏な社会情勢に心塞ぐ日々に、こういう穏やかで明るい川柳は何よりの癒しだ。